アスィードウ・アイザック・Y – 宮城アフリカ協会(AFAM)会長
はじめに:グローバル議題の再考
2025年8月20日、私はオンラインでTICAD向けJICA「人間の安全保障」テーマ別イベントに参加しました。本イベントは国連・アフリカ・日本のハイレベル対話として開催され、人間の安全保障の考え方が、複数の危機下にあるアフリカの発展をどのように導くかを探るものでした。国連、アフリカ連合(AU)、IGAD、各国政府、JICAのリーダーたちが議論に参加し、人間の安全保障は道徳的な義務であるだけでなく、アフリカの課題に対処するための実践的な枠組みであることが示されました。
気候変動、食料不安、紛争、健康脆弱性、そして多国間協力の弱体化など、複雑な状況が人間の安全保障の緊急性を一層高めています。
人間の安全保障におけるアフリカの先駆性
登壇者たちは、アフリカは人間の安全保障の受け身ではなく、実践の先駆者であると強調しました。アフリカ連合の「アジェンダ2063」や「Silencing the Guns」といったイニシアティブは、人々中心のアプローチへのコミットメントを示しています。
さらに、アフリカの文化的伝統—尊厳、連帯、相互責任に根ざした価値観—は、人間の安全保障を支える土壌として重要視されました。これは、外部から押し付けられる概念とは異なり、地域コミュニティに深く共鳴するアプローチです。
国別事例:ザンビアとシエラレオネ
2カ国のリーダーが具体的な取り組みを紹介しました:
- ザンビア副大統領ムタレ・ナルマンゴ氏は、難民を公共サービスや学校に統合する方法を説明し、排除ではなく包摂を実現していることを強調。長期的干ばつが農業、エネルギー、健康に与える影響を踏まえ、スマート農業や再生可能エネルギーへの投資を推進しています。
- シエラレオネ首席大臣デビッド・モイニナ・センゲ氏は、エボラ出血熱やCOVID-19から得た教訓を共有。政府予算の20%を教育に充て、医療インフラを強化し、女性のエンパワーメントとガバナンス改革をレジリエンスの基盤として進めています。
これらの事例は、人間の安全保障が抽象的な概念ではなく、教室、診療所、農場、難民コミュニティで具体的に実現されていることを示しています。
地域の視点:IGADとアフリカの角
IGAD(開発に関する政府間機構)の事務局長ワークネ・ゲベイフ氏は、アフリカの角における8,000万人の国内避難民と500万人の難民に注目。スーダン紛争のような越境危機には、国家単独の対応ではなく地域協力が不可欠であると訴えました。
日本の役割
JICAの田中明彦会長は、人間の安全保障を外交政策の柱として推進する日本のリーダーシップを再確認。具体例として以下を紹介しました:
- 南スーダンのフリーダム・ブリッジ
- 医療・学校給食プログラムへの投資
- TICADを通じた気候適応支援
日本のアプローチは「連帯によるソフトパワー」と位置づけられ、支配ではなくエンパワーメントに基づくパートナーシップのモデルとなっています。
若者と世代間の公平性
アフリカの人口の60%以上が25歳以下であり、若者は大陸の最大の強みです。パネルでは、若者を「時限爆弾」とみなす旧来の見方を退け、教育、職業訓練、起業支援が潜在力を引き出す鍵であると強調しました。人間の安全保障は、世代間の正義—今日の若者と将来世代の安全な未来—を保障することでもあります。
主要な政策的示唆
議論から得られた教訓は以下の通りです:
- システム思考:開発は統合的に行うべき
- 信頼構築:政府とコミュニティ間の信頼回復が重要
- 包摂的ガバナンス:地域の声や伝統知識を解決策に反映
- レジリエンス重視:短期的対応から長期的準備への転換
コメント:強みと課題
この対話の特徴は、多様な関係者による包括的議論であり、気候変動、避難民、健康、ガバナンスを結びつけていた点です。尊厳と信頼の強調は、人々を単なる受益者ではなく、解決策の共創者として認める発展パラダイムへの転換を示しています。
ただし課題も残ります。開発援助の減少と軍事費増大の矛盾、債務負担や政治的不安定など、人間の安全保障介入の実践空間を制約する構造的課題には十分に触れられませんでした。
結論:レトリックからレジリエンスへ
JICAテーマ別イベントは、人間の安全保障が複合危機の時代におけるアフリカの道であることを明確にしました。必要なのは:
- 緊急対応からレジリエンス構築へ
- 援助依存から主体性と自己決定へ
- 分断されたプロジェクトから統合的な支援システムへ
人間の安全保障は付加的な概念ではなく、持続可能な発展の基盤そのものです。達成には、リーダーが部門や国境を超えて協力し、市民がパートナーとして力を持ち、国際的な支援者(日本を含む)が連帯して支えることが求められます。
※本記事は、TICAD9の一環として開催された2025年JICA「人間の安全保障」テーマ別イベントの議事録に基づいて作成しています。